エヴァという作品がある。
実に25年に及び私の心を掴んで離さない作品だ。
ここでは「エヴァンゲリヲン」ではなく、あえて「エヴァ」と呼ぶ。そうでないと漫画版・TV版を切り捨てることになってしまうからだ。
何故かというと、漫画・TVは「エヴァンゲリオン」で新劇場版が「エヴァンゲリヲン」だからだ。
商標の関係でこうなったわけだが、これも含めて良い味を出している作品だと感じる。
2021年にエヴァの最終作品となる「新劇場版 シン・エヴァンゲリヲン」が公開され、遂に完結した為、全作品を通しての一貫した個人的考察をまとめる事にした。
はっきり言うと、この文章は駄文である。読み手の事は考慮していない。
この文章を読むにあたっては最低限以下の準備が必要である。
・漫画版を読破している事
・TV版(DVD版、及びAir含む)を全話見ている事
・新劇場版を全て見ている事
私の考察ではこれらの作品は全てリンクしており、これら3作品を通して、初めて1本の作品として完結するからである。
では考察を始めよう。
この作品は「3作品を通して、初めて1本の作品として完結する」と書いた。
時間の流れとしては以下のようになるはずである。
1.漫画版
2.TV版
3.新劇場版
作品が出た順番で言えば順当ではある(漫画連載の直後にTV放映開始)が、これにも根拠がある。
その根拠は新劇のラストのシンジのセリフが鍵となっている。
シンジ:僕はエヴァに乗らない世界を選ぶよ。時間も世界も戻さない、ただエヴァが無くても良い世界に書き換えるだけだ
そう、つまりこの作品は3作品が疑似ループしていた作品なのである。
決してTV版や新劇場版は漫画版のリメイクであったり、再構成した作品などではないのだ。
ではどれを基軸として、どれが「時間を戻した世界」でどれが「世界を戻した世界」だったのか?
個人的には漫画版を基軸として、TV版が「時間を戻した世界」、新劇が「世界を戻した世界」と考えている。
【漫画版が基軸である根拠】
まず、漫画版が基軸である根拠はシンジとカヲルの関係性だ。
カヲル登場はTV版が先行した為、むしろ漫画版の2人のやり取り・関係性に違和感を感じた人もいると思うが、冷静に考えて欲しい。
むしろ初対面である事を考慮した場合、漫画版のシンジのカヲルに対する反応が自然であり、TV版の反応が異常なのだ。
■漫画版のシンジのカヲルに対する反応
カヲルに対する印象は「変人、近づきたくない」。でも自分に好意は持ってくれた。孤独になってしまった自分のそばにいてくれようとした。
本当は友達になれたのかもしれない。
■TV版のシンジのカヲルに対する反応
出会った瞬間から親友のような感覚。いや、むしろ「愛情」に近いか?
この違いは漫画版で既に出会っており、カヲルの人ではないが故の独特の表現や接し方を無意識に受け入れている(「本当は友達になれたのかもしれない。」の
後悔の念も多分に影響しているとは思う)が為に、TV版ではこういう反応になったと考えるのが自然ではないだろうか?
となれば当然時間の流れとしては漫画版が先であり、TV版が後なのだ。
【TV版が「時間を戻した世界」である根拠】
そしてTV版が漫画版の「時間を戻した世界」である根拠だが、世界設定に変更が無い点だ。
————-ここから余談————-
ただ、この点(世界設定に変更が無い)が本作のファンを惑わせたのも事実だろう。
故に漫画版とTV版に繋がりを感じる人も当時は少なかったと思う。
つまりファンの間でも「漫画版はTV版のリメイク」「変にオリジナリティを出さなくて良かったのに」「あれは貞本なりの解釈で書かれたもの」と言われる結果に
なってしまった。
ところが認識が急変するのは新劇場版:序の公開後(2007年9月)からだ。
新劇場版は回を追う毎にループ説を匂わせるセリフ回しが増え、Qが公開されると、もはやループであった事は確定的という認識となり、漫画版との繋がりも考察され始めた。
今にして思うとTV版終了後(1996年3月)から新劇場版の公開(2007年9月)までの約11年間の漫画版の立ち位置としては非常に不幸な出来事であったと感じると共に、
ここに来て大どんでん返しを仕掛ける作品の深さを感じる出来事でもあった。
————-ここまで余談————-
新劇では世界設定として以下のような変更がある。
・使徒が17体から13体に変更
・アスカと加持は出会っていない
・トウジがエヴァに乗る事はない
・エヴァの基本的構造が異なっている(コアに人の魂を必要としていない)
・エヴァパイロットが全員14歳とは明言されていない
つまり、TV版は世界設定に変更が無く、新劇は世界設定に変更がある。
ではどちらが「時間を戻した世界」に相応しく、どちらが「世界を戻した世界」に相応しいのだろうか?
当然答えは世界設定に変更が無い方が「時間を戻した世界」だろう。時間を巻き戻すだけなのだから。
対して「世界を戻した世界」はどこまでを「世界を戻した世界」と表現できるかだ。解釈次第では「世界を作り直してやり直す」だって「世界を戻した世界」だ。
【細かな時間軸】
ただ、この3作品、実は新劇と漫画版の互いのラスト近辺で時間軸がオーバーラップしているのではないかと考えている。
細かく言うと、
新劇ラストのシンジがネオンジェネシス決意→漫画版のラストの冬のシーン→新劇ラストの神木シンジのシーン
と繋がっているのではないかと考えている。
根拠は無いが、そう考える方が物語として腑に落ちるのだ。
さて、ここまでは作品全体の時間の流れを考察してきた。
正直ここまでの考察は大した事はない。作品を見れば分かる程度の話だ。
だが、この作品に対する考察はここからが本番だ。
この作品の最大の魅力である、謎が謎を呼び、明確な回答が示されないまま幕を閉じたそれぞれの謎を考察していこう。